『女同士とかありえないでしょと言い張る女の子を、百日間で徹底的に落とす百合のお話』(みかみてれん)― 「ありえない」の向く先が変わっていく
放課後、駅前のカフェに呼び出された榊原鞠佳に、クラスメイトの不破絢が封筒を差し出します。中身は一万円札の束で、百万円あります。札束を出されて鞠佳は慌てますが、絢は落ち着いたものです。鞠佳が友達と、女同士なんてありえない、と話していたのを聞いたと言います。
私ね、試してもないのに『ありえない』とかいう人、きらいなんだ— 1巻 25ページ
そのうえで条件を出します。
一日一万円で、私のサポ受けてよ。女同士がありえないかどうか、試してあげるから— 1巻 25ページ
一日一万円で百日間、しめて百万円。百日のあいだに鞠佳の考えが変わらなければ百万円は鞠佳のもの、変えられたら絢の勝ちです。お金に困っていた鞠佳はこの勝負を引き受けます。
みかみてれんの『女同士とかありえないでしょと言い張る女の子を、百日間で徹底的に落とす百合のお話』は、2018年に同人誌版(みかみてれん文庫)として公開され、2020年にGA文庫から再登場しました。いまのところ8巻まで出ており、コミカライズは全3巻で完結しています。
わたしが先に読んだのは同人誌版の方ですが、GA文庫版は一部内容が変更されています。この記事はGA文庫版をもとに作成しました。
賭けが成立した時点で、呼び方が変わっている
勝負を受けた鞠佳に絢が言います。
鞠佳もすぐにそうなるよ。ぜったい落としてみせるから— 1巻 29ページ
ここまで絢は、鞠佳を「榊原さん」と呼んでいました。札束を出すあいだも、条件を並べるあいだも「榊原さん」です。それが賭けの成立した29ページで「鞠佳」に変わって、以降ずっとこの呼び方になります。百日かけて落とすと宣言しておきながら、距離のほうは先に詰めています。
鞠佳のほうは、負けるとは思っていません。1巻のプロローグはこう結ばれます。
つまり、この有利すぎる百日間の勝負は、約束された勝利とともに幕を開けたのだった。— 1巻 29ページ
百日を待たずに決着する
先に書いてしまうと、鞠佳は1巻のうちに折れます。
絢に問われた鞠佳が最後に言うのは、これだけです。
絢のことが、好き……— 1巻 176ページ
そのあとで、なぜ言い張っていたのかを鞠佳自身が話します。
素直になれなくて、ごめん……。だって、絢があたしをなんとも思ってないのに、あたしだけ絢のことが好きなんて、そんなの悔しくて、ぜったいいやだったから……— 1巻 179ページ
賭けのあいだ鞠佳が言い張り続けた「ありえない」は、女同士についての意見ではありませんでした。絢に片想いしているのを認めたくない側が、それを押し返すために使っていた言葉です。
百万円は結局、絢に返します。代わりに残るのは、絢がバイトするバーのほうです。
百万円をきっかけに生まれた、あたしのもうひとつの居場所だ。— 1巻 179ページ
それでも「ありえない」と言い続ける
2巻のプロローグで絢がこう切り出します。
私と鞠佳が付き合ってること、クラスのみんなに言ってもいい?— 2巻 プロローグ
鞠佳の返事は1巻とほとんど同じ言葉です。
いやいやいや、そんな、女同士でとかありえないから!— 2巻 プロローグ
叫んだ直後に自分で口を塞ぎます。同じ「ありえない」でも、向いている先が変わっています。1巻では恋そのものに向いていた言葉が、2巻ではそれを知られることに向いています。越えるものは、付き合ってからのほうが具体的です。毎日の教室があって、友達がいます。
タイトルの百日間は1巻で終わって、そこから7巻続きます。
8巻の書き出しも「ありえない」
いまのところ最新刊は8巻です。プロローグは二学期の始業式から始まって、鞠佳が夏休みを思い返します。
ありえない日々だった……— 8巻 9ページ
受験勉強で埋まって、絢とほとんど会えなかった夏のことです。同じページで絢はこう紹介されます。
付き合って一年と少しになる、あたしのかわいいかわいいカノジョだ。— 8巻 9ページ
1巻では女同士に、2巻では知られることに、8巻では恋人と過ごせない日々に向いています。言い張る癖はそのままで、向ける先だけが動いていきます。
合う人、合わない人
鞠佳の一人称は本心より先に言い訳が出てきます。読んでいるこちらにはもう答えが見えていて、その手前で理屈をこねているのは本人だけです。その空回りを面白がれる人に向いています。
性的な場面もあります。1巻の終盤にすでに入るので、想定していない人は面食らうかもしれません。
タイトルが長くて、中身の見当がつきにくい作品でもあります。「百日間で徹底的に落とす」と書いてあると落とす側の話に読めますが、読んでいて目が離せないのは落ちる側のほうでした。
同じみかみてれんの作品では、昨日書いた『わたしが恋人になれるわけないじゃん、ムリムリ!』のれな子も「ムリ」と言い続けます。あちらの「ムリ」も相手を拒む言葉ではなく、自分への値踏みでした。断り文句が相手ではなく自分に向いているのは、二作に共通します。
まとめ
「百日間で徹底的に落とす」という賭けは1巻で終わります。残るのは「ありえない」と言い張る癖がついたままの女の子と、その恋人です。
小説は8巻ともKindle Unlimitedの対象です。1巻冒頭のカフェの場面まで読めば、続けるかどうかは決まると思います。
小説(GA文庫)
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コミカライズ(かやこ)
同人誌版(みかみてれん文庫)
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