『安達としまむら』(入間 人間)― 10巻まで読んだ感想と、合う人・合わない人
体育館の二階では授業をやっていない。安達としまむらはそこでサボって喋ったり卓球をしたりしている。それだけの関係だったはずが、安達はある朝しまむらとキスをする夢を見てしまう。そして自分に念を押す。別に私はそういうあれじゃないのだ、と。 入間 人間の『安達としまむら』はその「そういうあれじゃない」がなかなか終わらない話です。電撃文庫で本編13巻まで出ていてまだ続いていますが、わたしが読んだのは10巻まで。そこまでは読んでも読んでも、二人は同じところで足踏みしています。 それでも読めてしまうのは二人の一人称が交互に来るからだと思います。安達の章としまむらの章では同じ時間の温度がまるで違う。安達が一晩考え込んだことが、しまむらの側では二行で流されている。その落差を読まされているうちに、いつのまにか安達の肩を持っている。 起きるのは学校に行って喋って帰ることだけ 二人が出会うのは体育館の二階です。授業をサボりに来ていたところで顔を合わせ、好きなテレビ番組や料理の話をしたりたまに卓球をしたりする仲になる。 物語らしい物語はそこから先もほとんど起きません。学校に行って喋って遊びに行って帰る。その合間に二人がそれぞれ何を考えているかだけが延々と書かれている。そしてその中身がずれている。 ここから2巻までのセリフに触れます。 最初から「一番」を欲しがっている 安達は自分の気持ちに名前をつけません。つけないまま、しまむらに求めているものだけは1巻の時点ではっきりしています。 しまむらが友達という言葉を聞いて、私を最初に思い浮かべてほしい。 それぐらいの、多少の独占欲めいたものがあるのは認めている。 — 1巻 位置No.1540付近 好きだとか付き合いたいとかではない。「友達」という言葉で最初に自分を思い浮かべてほしい。順位の話です。しかも安達はそれが独占欲だと自分で認めている。名前がついていないのは自分の気持ちのほうで、相手に何を求めているかはこの時点でもう言葉になっている。 わたしがこの作品を人に薦めたくなるのはたぶんここです。関係の名前がどうこうより前に、相手の中で自分が何番目かを気にしてしまう。そのみっともないほうの気持ちをこの作品はずっと書いている。 考えている時間は理解には変わらない 安達はとにかくしまむらのこと...